ドコノモリ

うきやま山のすそ野にて


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17回 不思議なノート

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ドコノモリの樹が、葉っぱを沢山繁らせたからなのでしょうか。
緑色の影が森一面に拡がって、森は緑色の海の底のようになりました。

その緑の海の底を、チコちゃんは小さな声で歌を歌いながら歩いていました。
いいえ、泳いでいるつもりなのでしょうね、両手をゆっくり前に出してかき分けるしぐさをして・・・。

そう、蛙のうっとりさんの泳ぎ方をまねて、緑の海を泳いでいました。
歌いながら、チコちゃんはおサカナを思い出していました。

海に帰りたいといって泣いていた、死んだおサカナの願いにこたえて、チコちゃんはおサカナの骨と皮でこしらえたニカワと、白い貝がらの粉をまぜて白い絵の具を作ったのです。

そして、扉のある木の番人さん・・・赤い胸の小鳥さんが彫った海に、白い絵の具で海の白い波頭と泡を塗ったのでした。
ていねいに、波の音が聴こえるようにと塗ったのです。
出来上がった海の姿の中に、おサカナの笑った顔がチラリと見えた気がして、チコちゃんはホッとため息をついたのでした。

チコちゃんは、小さな声で歌を歌いながら、やがて古い大きな樹が倒れているところに来ました。
それによっこらしょと登って、腰かけて足をぶらぶらさせました。

そして、肩かけカバンの中の木のお人形を出して、脇に座らせてあげました。
「よかったわね。」とチコちゃんは言いました。 木のお人形は、何もかも分かっていますよというように、赤いほっぺにえくぼを作って笑いました。

「よかったね、チコちゃん。」 ふたりは、それから黙って緑の海の中を飛んで行くチョウチョや小鳥を眺めました。
「・・・みんな、どうしているのかな」 遠くを見るような眼をして、チコちゃんが言いました。
「チコちゃん・・・、それはね・・・」とお人形が言いかけた時、遠くの方で誰かが叫んでいるのが聞こえました。

ふたりが耳をすますと、誰かが「チコちゃん」と言っているようなのです。
チコちゃんはびっくりして、「私はここよー」と大声で応えました。

やがて林の奥の方から、一羽のカモメがよたりよたりと歩いて来ました。
「やれやれ、やれやれ。林の中はごめんだ。羽を伸ばせないから、歩くしかない。
歩くのは、なんぎ、なんぎ。」 カモメは、ぶつくさ言っていました。

そして「チコちゃんは、どなたですか?」と尋ねました。
「私よ」とチコちゃんが言うと、カモメは「ゆうびんです。」と言って封筒を渡すと、さっさと木立の間の空の見える所へ向かって飛び上がりました。

「ちょっと、まってーーー。これ、この手紙、差出人の名前が書いてないのよーーー。誰から預かったのーーー?」 どんどん空高く飛んで行くカモメに、チコちゃんは呼びかけました。
するとカモメは、「うーん。わかんない。今度会ったら聞いておくよ。」と言いました。

「今度って・・・、いつなのーーー?」チコちゃんは、どんどん遠くへ行くカモメに大声で聞きました。
飛びながらカモメは、「うーん。あそこらへんまで行ったらあえるかなあ。」
「あそこらへん?え?」 チコちゃんは、訳が分からなくなってぼうっとしてしまいました。
そしてその間に、カモメは遠くへ行ってしまいました。

さて、カモメが「チコちゃんはいますかあ?」、「チコちゃんはいますかあ?」と大声で叫んでいたものですから、ドコノモリの仲間たちはチコちゃんのところに何があったのかと、次々にやって来ました。
そして「ゆうびん」というものが届いたと分かって、みんなその「ゆうびん」を見つめました。

チコちゃんが封筒を開けると、ノートが入っていました。
「ほう?」誰かが言いました。 ノートの表紙を開くと・・・、青い空がありました。
青い色のセロハン紙が、風に揺れています。
白い雲が貼り付けてあって、それも一緒に揺れています。

次のページをめくると、海がありました。
水平線に見えている小さいものが、だんだん大きくなって、島が出て来ました。

島には、草が生えていました。 透明な袋が貼り付けてあって、中に紙を切ってこしらえたカタバミの葉っぱがいっぱい入っていました。
「きれいだねー。」と誰かが言いました。
チコちゃんがノートを振ると、袋の中でカタバミがカサコソ揺れました。
「あー、おもしろいなぁ。」と誰かが言いました。

「次の頁は?」 皆、ワクワクしてノートを覗き込みました。
「あ、扉だ!」 「あけて見せてよ、チコちゃん。」と誰かが言いました。
「うん、あけてみるね。」

チコちゃんがそーっと扉をあけると、扉の向こう側が見えました。
そして向こう側からも、誰かがこちらを見ているのに気がつきました。
皆はギョッとしてお互いにしがみつきました・・・。

チコちゃんは、思い切って扉の向こう側・・・、次の頁をめくりました。
そこには「おたづね者」というはり紙がはってありました。
そして、ふたりの女の子の姿が描いてあるのです。
大きな眼をした女の子とおかっぱ頭の女の子です。

「あーっ!デコちゃんだ!こっちはわたし!ええっ!ふたりとも“おたづね者”?」チコちゃんは、びっくりして言いました。
「な、なんだあ?」と誰かが言いました。

「デコちゃんだ!デコちゃんだ!デコちゃんだ!脱出したんだ!」チコちゃんは、わあわあ騒いでいます。
「な、なんだあ?」誰もがそろって言いました。

そこへ、さっきのカモメが大汗をかいて戻って来ました。
「わかったよ。わかったよー。」
「ドッカランドだよ。デコちゃんだよ。」とカモメは叫びました。

「ドッカランドって?」誰かが言いました。
「あそこらへんにいるよ。こっちへ向かっているよ。ドッカランドがくるよ。」
カモメは、皆の頭の上をくるくる回って行ってしまいました。

(つづく)2014.7.13


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靴屋のおじいさん

ドコノモリ

或る日、クマオはミッケくんに誘われて、靴屋のおじいさんを訪問することにしました。

森の中を歩くのは、相変わらずクマオにとって大変でしたが、道がないように見えても、木々の間に細い筋のような空間があることに気がつき始めていました。

「・・・何か、けもの道のようだね。」とクマオが言うと、「ちがうよ、こども道。」とミッケくんが答えます。
「はて?」
「おじいさんの家には、僕たち、しょっちゅう行くんだよ。だから、こども道が出来たんだ。」
まわりの草や樹が、おかしそうに、さらさらわさわさ鳴りました。

・・・おじいさんは、家の前に椅子を出してひなたぼっこをしていました。
エプロンをかけて、腕カバーもしていました。

「おじいさーん」
ミッケくんは声をかけて、走って行きました。

おじいさんは椅子から腰を上げて、駆け寄ってくるミッケくんを抱きとめました。
しわだらけの顔の中に、優しい瞳がありました。

クマオは、どこかで見たような懐かしさを覚えました。
靴屋のおじいさんは、クマオをミッケくんと同じように抱き、おだやかな声で「あなたに、日々導きがありますように。」と言いました。

おじいさんの家は、崖の凹んだ所を利用してこしらえた小さな家でした。
その小さな家の前には、やはり小さな畑があって、沢から水をひいてつくった小さな小さな池もありました。
時々、うっとりさんが沢伝いに遊びにくるということでした。

おじいさんは、薪ストーブに火を起こして、お茶の準備を始めました。
「・・・そろそろ皆も来るだろう。」
おじいさんがそう言うと、本当に遠くから話し声だの笑い声が近づいて来ました。

グウヨやタバール、パンニプッケルさん、プーニャ、ボーニャ、赤ちゃん、それにチコちゃんも来ました。
「おじいさーん、こんにちはー!」「あっ、クマオさん!ミッケ!来ていたんだね。」

お茶のしたくが出来るまで、ドコノモリの仲間たちはてんでんに散らばって、畑の草とりをしたり、マキわりをしています。
皆、手なれた仕事のようなのです。そのきびきびとした姿に、クマオはびっくりしました。

お湯がわくのをじっと見ている時間は、物思いにふける時間でもあります。
おじいさんは、クマオにぽつりぽつりと話し始めました。

「おらは、靴つくりと少しばかりの作物をつくる百姓だった。」
「つつましく暮らして、そこそこ幸せだったが、おっかあとせがれは、はやり病で死んでしまった。ずっと昔のことだけれど・・・、今も昨日のことのように悲しみが胸に住みついているよ。」

「お役人が来て、おらの家を燃やした。はやり病で死んだ者がいる家を、次々に燃やしていった。そしてな、こう言ったんだ。」
『ここには、以後住むことあいならぬ。この村を捨て、別の土地へ行け。北にある(ゴロゴロ石が原)、あそこは広いぞ。広い畑が作れるぞ。お前たちは大百姓だぞ。』
「お役人はそう言うと、煙にむせてふがふが言いながら急いで帰っていった。」

「ごろごろ石が原には、石がいっぱい。土はやせこけ、じゃが芋も満足に出来やしないぞ。誰もがそう思い、お互い顔を見合わせた。」
「お役人は立ち退けと言ったが、おらたちはそのままそこで暮らすことにした。」

「おらの家のそばには、おっかあが大事にしていたさんざしの木があって、それが火の粉をあびてそりゃあ憐れな姿になっていた。」
「・・・焼け跡にあばら家を建て、畑をやり直した。おっかあのさんざしの木に、毎日『がんばれやー』と声をかけてな。」

「そして・・・何回も春が来て・・・、お役人は、その間いっぺんも来やしなかったぞ。一生懸命働いて、畑はだんだん元気になって、豊かな稔りをおらたちにくれるようになった。」

「遠くまで出稼ぎに行っていた村の者たちが、やがて戻って来た。」
「昔の姿が蘇った村を見て、皆、涙を浮かべて喜んだぞ。」

「村のあちこちで、新しい生命が生まれた!幸せな村が少しずつ、また、出来つつあった。」
「それでな・・・ある春の日、畑仕事の手を休めて空を見上げていたら・・・急におっかあと息子に会いにいきたくなってなあ。」
「おっかあのさんざしの花が咲いて、ひばりがさえずって長い冬が終わった嬉しさで、森も川も・・・みんな満足している、そんな春だった。」

「そうだ!今日しか出発の時はないぞ!」
「おらは、決心して村を後にした。おっかあやせがれを祝福してもらうために・・・、巡礼の旅のはじまりだ。」
「その後の話しは、また、別の機会にすることにしようや。」

「まあ、いろいろ、いろいろあったのさ。」
「ずっと昔のことだけれど・・・今もきのうのことのように思える。悲しいことも、うれしいことも、いっしょになってな。」
「それでも、おっかあとせがれは二人ともやさしいから、死んだあとでもおらを見守ってくれているよ。」

「よくない考えが浮かんだり、誰かを恨んだりしていると、おっかあの悲しそうな顔が浮かんで来るのさ。」
「せがれの『とっつぁん、それはまずいよ。』という声が聞こえてくる。え、どうだい?何とありがたいことじゃないか。ありがたくて、毎日感謝してるのさ。」

「おまけに、このドコノモリに住むようになったら、どうだ!子どもや不思議な奴ばかりで、生きていくための知恵は、それぞれの頭の中や手の中にまだほんのちょっぴりしか持ち合わせていないと来てる。」
「おらの出番を、また、神さまはちゃんとこしらえておいてくださったわけだ。」

「もちろん、おらの出来ることだって、たかが知れてる。でもな、大切なことは、本当はそんなに多くはないんだ。」
「世界の道理をしっかと見る眼さえれば、このあったかい心・・・神さまが住んでいらっしゃる心が動き出して、どうやったらいいのかを、手の技頭の働きとかがうまい具合にかみ合って、まちがった道へは進まないようにしてくださる。」
「その世界の道理を見る眼と感じる心こそ、育てがいがあるってもんだ。」

「え、どうだい?若いの。おまえさんもひとつ、ここでがんばってくれないか?」
「おまえさんの心が指し示していることを、ドコノモリの仲間たちに見せてやってくれないか?」

「そして・・・そうだ!おまえさんにこれを・・・この一本の鍬をやろう。これで耕してみろ。土はどんな表情をしてるか、よく見るがいい。」
「何を蒔くのか、ふさわしいタネは何か、よくよく考えるがいい・・・。」

「耕しながら、おまえの夢も一緒によく耕していけ。大きな実がなるように、夢もみのりの時が来るように、汗を流してがんばりな。」
靴屋のおじいさんは、クマオを優しい眼で見つめました。

お茶の時間になりました。
陽のあたる畑で、皆はほんのりと甘いお茶を飲みました。

おじいさんにもらった鍬を見つめているクマオに、「クマオさん、何を蒔くの?」とボーニャが尋ねました。
「ぼくは、さつまいもがたべたいなぁ・・・」と、ボーニャは言いました。

「だったら、焼き芋にして食べたいわ。」とチコちゃん。
「焼き芋って、どんなんだあ?」とグウヨ。
「また芋か、ここではじゃがいもをつくってるぞ。芋なんかいらねえ。食うんだったらサカナに限る・・・」とタバール。
「あらあら・・・。クマオさんは、まだ何をつくるのか言ってませんよ。」プーニャが笑いながら皆に言いました。

皆は、クマオが何をつくるのかな?と、返事を待っていました。

「そうだね・・・。麦を蒔こうかな。」

「ムギ?」ドコノモリの仲間は顔を見合わせました。
「ムギってなーに?クマオさん。」

・・・ミッケくんとチコちゃんの他には、麦を知っている者はいなかったのです。

「おいしいパンになるんだよ。」
ミッケくんとチコちゃんは、パンの焼ける香ばしいにおいを思い出してニッコリしました。

でも、パンが焼けて食べられるようになるのは、まだまだ先の話しです。
今は、おじいさんのことに話を戻しましょう。

お茶を飲んでいたミッケくんが、「そうだ!おじいさんところのマキが少なくなって来ているから、これからマキとりに行くとするか・・・」と言いました。
早速ミッケくんは、腰に縄を巻いてナタをぶら下げました。
グウヨは、頭に手ぬぐいをして、タバールさんはのこぎりを持ちました。
チコちゃんとボーニャ、プーニャは、たきぎひろいです。

「あ、ぼくもマキとりに行くよ。」とクマオが言いました。
「じゃあ、出発!」ミッケくんが「行ってきまーす」とおじいさんに言って、皆は森の中へ入って行きました。

おじいさんはまた椅子に座って、森の方をじっと見ていました。
そして、「クマオの靴は、だいぶ傷んでいるな。・・・直してやろう。」とつぶやきながら、ゆっくりと立ち上がり、家の中へ入って行きました。

第16回 (2014.05.20)


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扉のある樹

扉のある樹

ドコノモリの奥深くには、大きな樹が数えきれない程びっしりと生えている場所があります。
その中に、イチイの木ばかり群れている所がありました。
イチイはもともと大きくなる木ですが、その中でも一番大きなイチイの木には、扉がついています。
扉には、番人がいました。
赤い胸をした小さな鳥です。
小鳥は、その生涯をかけて、扉に彫りものをしている最中でした。
ミッケくんにつれられてやって来たクマオは、目の前にそびえ立つイチイの大きな姿と、扉の前に自分よりはるかに小さな鳥が、口ばしに小刀をくわえているのを見つけて息を呑みました。
ドコノモリ

扉には、大きな翼と小さな翼が、内側にあるものをかばうようにして、周りを囲んでいる様子が彫ってありました。
そして翼の内側には巣の中の卵や様々な小鳥たち、花々が咲き木の実草の実が熟れている光景が彫られていました。
そればかりではありません。
扉は、長い年月をかけて小鳥が彫ったものに埋めつくされていました。
よく見ると、花々や鳥の姿の背景には、小さな波のような木の葉の一枚一枚のような、それともミジンコやもっと小さな生き物のような、ゴマ粒よりも小さな彫り跡が沢山ついているのです。

小鳥は、クマオがいるのに気がついて、小刀を置いて言いました。
「やあ、君がやってくることを、クロツグミが教えてくれたよ。」
そう言って、嬉しそうに大きな眼をパチパチさせました。
「長い長い時間が目の前にある・・・」
クマオは、ぼうっとしてしまいました。
そして、背筋を伸ばして「はじめまして、扉の番人さん。
私は、クマオと言います。
今、ミッケくんに案内してもらって、ドコノモリ巡りをしているところです。」といいました。

「クマオくん、よく来てくれました。私は、とっても嬉しいよ。」
小鳥は、大きな眼でじっとクマオを見つめました。
「さあ、もっと扉に近づいて、よく見てくれ。
私は、この世に生きているものたちを、全て彫ろうと思っているのだ。
やがて君の姿も、ここに彫るようになるだろう。」

「扉の番人さん、あなたは帰らずの岸辺から島へ渡ってそして戻って来られたとのことですが。」
「ああ・・・、遠い遠い昔のことだ。」
「戻って来て、扉の番人になったのは、どうしてなのですか?」
クマオは、小さな鳥を見つめました。
遠い昔人間だった小鳥は、大きな眼をさらに大きくして、遠いものを見つめるように話し始めました。

「・・・あの島は、それぞれの人が求めているのに相応しいものを見せてくれる。それが分かったのだよ。
月の光は、あまねく世界を照らしているね。公平に。
受け取る側に、それぞれの器、違いがあるだけだよ。
月の光があることに気がつくのは幸せだよ。
そして、自分と同じように月の光を受け取る生命が、自分の他にも沢山いると気がつくのは喜びだよ。
そうさ、気がつくということは、『愛する』ということのすぐそばにいる大切なモノなのだ。
それは、力強い翼となり、愛に近づくのだ。
自分以外の人や他の生きものたちが幸いであることが、自分を深くなぐさめてくれるよ。
私は幸せだと、その時思うよ。
私たちは月の光の下で、公平にそれを受けとっている仲間なのだから。
生命あるものが互いに互いを尊び助け合って、こちら側の世界をつくっている。
その姿を、いつでも確かめて生きて、次のいのちへ伝えて行くために、この扉に沢山のいのちの姿を彫っているよ。」
「ああ、それでもそろそろ私の仕事も終わりに近づいている。」
扉の番人は、ほっとしたように小さなため息をつきました。

「チコちゃんがね、ずっと前にここへ来てね。私に言ったのだよ。
『この扉に色をつけたら、どんなにきれいでしょう!』とね。
『月の光に照らされたこの扉はなんてきれいなのでしょう!
でも、太陽に照らされたら色が生まれるわ。
おひさまの光も、みんなに届いているんだもの。色をつけたいわ。』と。」
「チコちゃんは、絵の具をつくりたいと言ったんだ。
だから私は教えてやったよ。
チコちゃんは、この扉に色をつけることで私の仕事を継いでくれる・・・。
ありがたいことだ・・・。」
小鳥はそう言って、何度も羽根をはばたかせました。

クマオは、扉をじっと見ていました。
注意深く、ゆっくりと見ると、女の子の姿が小さく彫られているのに気づきました。

「それ、私なのよ。」
急に声がしたのでびっくりして振り向くと、いつの間にかチコちゃんが立っていました。
「クマオさん、こんにちは!」チコちゃんは、にっこりしてあいさつしました。
そして、小鳥に向かって「扉の番人さん、今日は絵の具を一つ作って来たの。見てください。」と言いました。
小皿には、真っ白な絵の具が入っていました。
チコちゃんは、小鳥の前に小皿に入れた絵の具を置きました。

「浮き山さんが場所を移動したおかげで、今は海がすぐ近くにあるから、私、海辺へ行って白い貝殻を捜したの。
古そうな白い貝がらを見つけて、洗って陽にさらし、うんと細かくすりつぶしたの。
真っ白なきれいな粉でしょ。(でも、それだけじゃ扉に塗れないよ。)と扉の番人さんに言われて、絵の具にする方法を教わったのよ。」
チコちゃんは、クマオに説明してくれました。
「動物の骨や皮を煮て、ニカワをつくること。
のりの役目をしてくれるから、混ぜるといいよと教わったの。
それでね、今度は骨を捜したのよ。
なかなか見つからなかったんだけど、ある日、海辺から少し離れたところで、死んだおさかなを見つけたの。
じっと見ていたら、何か聞こえてくるの。
死んだおさかなの声みたいだった。
(帰りたい。帰りたいよお。)と言ってたの。

私、(おさかなさん、海に帰りたいの?)と尋ねたの。
(ああ。突然理由もなしに海から陸へ連れて来られて。こんな悲しいことはない。なんとしても戻りたいと思ったけれど、陸の上では泳ぐことは出来ない。力尽きて、命はとうに離れていった・・・。それでも、それでも、帰りたいという気持ちは、ここにまだあるんだ。海の中に帰りたい。生まれたところに帰りたい。自由に泳ぎたい・・・。)そう言って、おさかなは涙まで枯れてしまった眼で私を見たのよ。
私、思い切って言ったの。
(おさかなさん、泣かないで。
私に、あなたの骨と皮をください。
それを煮てニカワをつくって、白い貝の粉と混ぜて、白い絵の具をつくりたいのです。
そして白い絵の具で、扉に海の白い波、白い泡を描きましょう。
あなたの骨が役に立ちましょうから。)
そしたらね、おさかながね、(ありがとう!)と言ったのよ。
(そうしたら、ボクはもう一度波と一緒に遊べるんだね。ああ、なんて幸せなんだろう。)死んだおさかなは、何べんもうれしそうに言っていたわ。
・・・それでね、私、白い絵の具を作ったのよ。
・・・私、海の白い波、白い泡を描かなくちゃ。」

扉の番人の小鳥は、白い絵の具をていねいに調べました。
そしてチコちゃんに、「よく出来ているよ、きれいな白だ。
貝もおさかなも、扉の中で生き続けるよ。」と言いました。
チコちゃんは、頬を赤くして頷きました。

チコちゃんのそばにいたミッケくんがチコちゃんに何か言うと、チコちゃんは目を輝かせて、ミッケくんの手を握ってぶんぶん振りました。
「え?、どうしたの?」
クマオが聞くと、チコちゃんは
「ミッケくんがね、『筆がいるね。
ぼく、作ってみるよ。』と言ってくれたの!」と、大きな声で答えました。
ミッケくんは、クマオに「ほらね。絵かきがここにいるでしょ。」と、ニヤッと笑いました。

第15回 (2014.03.25)


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帰らずの岸辺

ドコノモリ
ドコノモリの奥深くに「帰らずの岸辺」と呼ばれる、たいそう美しい岸辺があります。
岸辺の砂は白く丸く、砂を洗う水は透きとおって水底深くまで見とおせるほどです。
この美しい岸辺に立つと、ずっとはるか沖に島影がぼんやりと見えます。
はっきり見ようと思って双眼鏡を手にしてもその姿は定まらず、ひょっとしたらそれは幻ではないかと疑う者もおります。
いやいや、あれは絶対に島にちがいない。
じっと目をこらすと、チラチラとあかりのようなものが見えるし、幽かに何かが聞こえてくるような気がするという者もおります。
そうやってあれやこれや思案する者の脇には、立て札が一つ砂にさしてありました。
「この浜辺から船出する人は、捨てて行かねばならぬ物がある。
持って行ける物は、とても少ない。
重さのあるものを全て捨て、心して行け。」・・・と。

さて、この「帰らずの岸辺」で或る夜に起こったことをお話ししましょう。
そう、これは遠い昔のおはなしです。
ドコノモリが生まれて間もない頃、人間たちがこの浜辺から船出したまま戻って来なかった頃のことです。

その夜は満月で、空全体が明るく輝いていました。
雲が沢山出ていましたが、月の光がその雲を照らし、雲は輝く船団のように明るい空の海に漂っていました。

いつもとは違う気配が、空にありました。
そして帰らずの岸辺にも、その気配が下りてきたのです。

男がひとり、岸辺に立っていました。
遠く沖合を眺めていました。
「この先にいったい何があるのだろう?
沢山の人がこの岸辺から出発したと聞いているが、誰ひとり帰ってきた者がないという。
月の光が、岸辺にも沖合のあの気になるところにも降り注いでいる。
いつもの波も、輝いて別世界への通り道のようだ。
よしっ、行ってみよう。この眼で確かめてみよう。」
男は、予て用意してあった木の小舟に乗り込み、オールを握って漕ぎ出しました。
けれど、じきに困ったことが起きたのです。
小舟は、ぐるぐると同じところを回りだしたのです。
オールをあやつる男は、けんめいに舟の行く手を沖合いの島影へと合わせましたが、波はこれ以上行ってはならぬと渦を巻き、そしてだんだんと凍り始めたのです。
ただならぬ成り行きに男は驚きましたが、いちど火のついた探求の心はあきらめることを知りませんでした。
心の中の火が燃え盛っていたのです。

小舟がこれ以上進むことが出来ないと判断すると、男は小舟から身を投げ、島影に向かって泳ぎ始めました。
薄く張った氷が男の体にぶつかり、肌を傷つけました。
氷はぐんぐんと厚みを増して、行く手を遮ろうとしました。
行くことも出来ず、帰ることも出来ないくらいに氷に囲まれた男は、今度は水底深くもぐりました。
どのくらい夢中で泳いだのか・・・、息苦しくなって水面へ上がった時、思いがけず氷の一部が割れているのを見つけました。
男はけんめいにそのわずかな隙間をこじあけて、氷の上に這い上がりました。
男は、残っていた力をふり絞って氷の上を歩いて行き、ようやく草の生い茂る岸へと足を踏み入れることが出来ました。

男が見たものは、月の光でした。
月の光が、島全体をこの世ならぬ世界にしていたのでした。
月の光に照らされた夜の森は銀色に輝き、樹々の間をぬって流れて行く渓流は、細かな水晶の粒のぶつかりあう音がしていました。
全ては、月の光のなせる術でした。
男は、美しい月の光を浴びて、心から湧きあがってくる喜びと何かに向かって、祈りを捧げたいという思いで、体が熱くなりました。

男は、さらに島の奥へと進んで行きました。
けれど、その後に見たものを、言葉で言うことも絵に描くことも出来ません。

男が分かったのは、「帰らずの岸辺」からこの島へたどりついた人たちのことでした。
彼らは体をなくし、漂っていました。
漂って遊んでいたのです。
自分の夢と遊んでいたのです。

「月の光なのだよ。全ては月の光なのだよ!」と男が叫んでも、彼らには聞く耳がなく、見るための眼がありませんでした。
男は、ようやく気がつきました。
この人たちは、戻る気持ちがないことに。
体と記憶を、自分からすすんで捨ててしまったことに。
男は震えながらも言いました。
「わたしは見たぞ。この眼で。見ることで、月の光をわが胸に収めることが出来たぞ。この喜びを記憶の箱に入れて帰ろう!」
男は、こうして島を後にしました。
帰り道も困難でした。
男は、何としても月の光が与えてくれた「喜び」を持ち帰るために、軽い体の鳥になって「帰らずの岸辺」に戻ったのでした。
「わたしは戻って来た!『私』とともに戻った!『私』がやらねばならないことを果たすために!」
そう言って小鳥になった男は、ドコノモリの奥深くへ入って行きました。

ミッケくんとクマオがこれから行く「扉のある樹」の番人であり、今も扉に彫り物をしている小鳥は、実はこの男なのです。

2014.2.18(第14回)


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子育ての樹のお母さん

古いお池のゴボゴボさんに会ったあと、ミッケくんとクマオは、子育ての樹のお母さんに会いに行くことにしました。
それに、ドコノモリの仲間は、子育ての樹のお母さんのそばで遊んでいることが多いので、行けばきっと何人かにも会えるはずです。

ミッケくんは、森の中を注意深く歩いて行きました。
時々立ち止まっては「しるし」を確かめて行くのです。
不思議そうな顔をするクマオに、ミッケくんは「時々、道が変わったりするんです。」と説明しました。
「その方がおもしろいですからね。」
ミッケくんは、ニヤッと笑いました。

急にやわらかい草が茂っているところ出ると、ミッケくんは靴を脱ぎました。
「ここは、裸足のほうが気持ちいいですよ。」
言われて、クマオも長い編み上げ靴のひもを解きました。

やわらかい草の感触を楽しみながら、若い木が生えている明るい林の中を、二人は歩いて行きました。
陽の光が地面まで降り注いでいるので、この林は全体にあたたかく心が浮き立つようでした。
ドコノモリ
やがてまばらな木々の間から、ひときわ大きな樹の姿が見えて来ました。
引き寄せられるように近づいて行ったクマオは、その樹がとてつもなく大きいことに驚きました。
沢山の太い枝が、四方に広がっています。
葉がびっしりと繁り、葉陰で鳥たちがさえずり、その他に何かが急いで隠れるのがチラリと見えました。

「子育ての樹のおかあさーん。」
「クマオさんを、連れて来ました。」

ミッケくんに紹介されて、子育ての樹のお母さんの前へ進んだ時、クマオはとても不思議な気持ちになりました。

確かに「樹」なのでしょうが、そうとも言い切れないし、優しいまなざしが感じられるから人のようでもあり・・・。
でも、はっきり見ようとしても、その人の輪郭はとてもあやふやになってしまうのです。
見つめても、見つめても、幻のように逃げて行ってしまうのです。
困ってクマオは目を閉じました。

・・・いつの間にか、木の葉ずれの音は衣ずれの音になり、梢でさえずる鳥の声は消えて、心の中に物静かなご婦人の声が聴こえました。

「クマオよ。
歌う小鳥の兄弟よ。」
と、子育ての樹のお母さんは呼びかけました。

「森の規道を捜しだして、
あなたはとうとうここへやって来ましたね。
あなたが、ずっと遠くにいる頃から、
あなたの声が聞こえていましたよ。」

「私の声を、とうの昔から聞いてくださっていたのですか?!
ああ、何という幸せ!」
とクマオは言いました。
「しかしながら・・・道半ば、飢えに堪えかね、
道端の小金の草に手を出した私です。
一時しのぎに口にしたものは、
甘い香りと甘い味・・・
けれど後に残ったのは、苦い苦い金貨の味でした。
その時、草の露がどんなに甘いものか、安心なのか、
はっきりと分かったのです。
私は、自分のしたことが恥ずかしくてたまりません。」

「クマオよ、
あなたは飢えをしのぐために、子どものための童話をいい加減な気持ちでこしらえましたね。
まるで、生きている者たちの頭の上の太陽が、姿を消したような無残な話しをでっちあげました。
これは、大変な過ちです。」

子育ての樹のお母さんは、静かではあるけれどきっぱりした口調で、クマオに言いました。

クマオは、がっくりと首をうなだれ、返す言葉もなく黙っていました。

周りの樹々の全てが聞き耳を立て、そよ風も葉ずれの音も途絶え、静けさが広がっていました。

「・・・飢えがあったとしても、自分の中の大切なものは死にません。
自分の中の大切なものが死ぬのは、あなたがそれを選ぶからです。
何かのせいにしてはいけません。
自分の中のものが『恥を知れ!』と言ったのを、あなたは聞いたのですよ。
だからこそ、規道から外れてしまったのに気がついて、戻って来られたのです。
規道を捜しだして、ここへ来たのです。」
「ことばは、あなたから生まれたもの
それ以外のことばを使ってはいけませんよ。
それは”偽り”という剣になって人を害し、自分を害するのです。」

「クマオよ
歌う小鳥の兄弟よ
これからこの森で
あなたから生まれてくるものを
大切に育てて行きなさい。
あなたから生まれてくるものを
私たちは
喜んで迎えます。
さあ、自分の務めを果たしなさい!」

クマオは、はっと顔をあげて子育ての樹のお母さんに深々と礼をしました。

樹々の枝が揺れていました。
見上げると、あちらこちらの葉陰でやさしい瞳が、クマオを見つめていました。

「おーい、皆、降りておいでよ!
ぼくたちの新しい仲間、クマオさんを紹介するよ!」

ミッケくんに促されて、一番先にふわりと飛び降りて来たのはプーニャとボーニャでした。
「はじめまして、クマオさん。
これは私の息子ボーニャと赤ちゃんです。」

クマオは、プーニャとあいさつをしました。
それからボーニャと握手しました。
赤ちゃんには、顔をさわらせてあげました。
赤ちゃんは、不思議そうにクマオの顔を、しばらくいじって遊びました。

その次は、グウヨが現れました。
ミッケくんと同じくらいの背丈で、そして肌には細かい柔らかい短い毛がびっしりと生えていました。
グウヨは恥ずかしそうに「・・・グウヨだよ。」と一言言ったあとは、笛を口にくわえてしまいました。

グウヨのうしろに隠れていたチコちゃんが、前に出て来ておじぎをしました。
「わたしは、チコちゃんというのよ。よろしく!それから・・・」
カバンの中からお人形を取り出すと、「わたしのご先祖さまがこしらえたお人形。」と言って、クマオの前にさし出しました。
お人形はニコッと笑って「はじめまして、どうぞよろしく」とあいさつしました。

クマオは、次々に不思議な仲間と会って眼をまんまるにしていました。

「それから・・・えーと。
タバールさーん、うっとりさーん、どこにいるのー!」

ミッケくんが大きな声で呼ぶと、木立ちの間から「ほーい」という声が返って来ました。
現われたのはタバールさんでした。

ぎょろりとした眼は左右が別々に動いて、笑っている口元からギザギザのとがった歯が覗いていました。

「わ、わ・・・」
クマオは、心臓がバクバクしてしまいました。
「タバールだよ、よろしくな。」
タバールさんはますます笑って、水かきの付いた手をさし出しました。
クマオは、夢中になってタバールさんと何回もブンブンと握手しました。

「うっとりさんは、今日はいないのかな・・・
パンニプッケルさんも姿がみえないなあ。」
ミッケくんと皆は、周りを見回しました。

何しろ、二人は小さいですからね
うっかり見過ごしているかも知れませんから。

「いるよ・・・ここに・・・」
きれいな声がして、うっとりさんがパンニプッケルさんと手をつないで姿を見せました。

「こんにちは!はじめまして、うっとりです。
いつか、ぼくの住んでいる池にも遊びに来てくださいね。」
うっとりさんは、新しい友だちに出会って嬉しそうに何回もジャンプしました。

となりでパンニプッケルさんが、にこにこしながら立っていました。

小さな小さなパンニプッケルさんをじっと見ていたクマオは、「あっ!」と小さな声を上げました。
「あなたに会ったことがありますよね。
私は、てっきり夢を見ていたと思っていましたが・・・。
あれは、夢ではなかったのだ!」

不思議そうに見ている仲間たちに向かってクマオは
「この人に、私は助けてもらったのですよ。」と言いました。
「食べるものがなくて、すっかり疲れ切って、あのやぶの近くで私は倒れてしまいました。
気がつくと、小さな花のような人が沢山集まって来て、私の体にくっついて私を温めてくれたのです。」
「そして、小さな小さな手に何かを持って来て、私の口の中にそのかけらを入れるのです。
沢山の花のような人たちが、次から次へと同じように、私の口の中へ何かを入れました。」
「体があたたかくなりお腹が満たされて、私は安心して眠ってしまいました。」

「あー、そうだったのか。」グウヨが言いました。
「いつだったか、パンニプッケルさんの姿が何日も見えないことがあったよ。」
「クマオさんのこと、助けようとしてたんだね。」

「ありがとう、本当にありがとうございます!」
クマオは、パンニプッケルさんを手のひらにのせて、何回もお礼を言いました。

「パンニプッケルさんは、しゃべらないんだよお。だけど・・・わかるよお。」「よかったね、と言ってるよお。」
グウヨは、嬉しそうに言いました。

チコちゃんが、
「クマオさんを歓迎して、皆で歌を歌いましょう。」と言いました。

プーニャは、ハープを持って来ました。
グウヨは、笛を持って待っています。
タバールさんは、コンサティーナをタララーと鳴らしました。
ミッケくんは、バイオリンの調弦をしました。
うっとりさんは、石の上に乗って深呼吸をしました。
そして、皆で歌ったのです。
それは、こういう歌でした。

「私たちは そっと やってきたよ
それぞれに
ひとりきりの道を通って

ドコノモリは遠くて近いよ
近いけれど遠くへと続くよ

私たちは へっちゃら
どこまでも 行くよ
森の奥の その又 向こうへ」

「・・・人を戦場に送り出す音楽もある。
ウソで飾り立てたことばもある。
しかしそれは幻だ。
言ったそばから消えてなくなる。
そして、くさい臭いはいつまでも残って、人の心をかく乱する。」
「清らかな調べは、心を整える。
清らかな言葉は、行動を律する。」
「そうだ!私は真実を語ろう。
よごれてもよごれないものを
生きてあるものの祈りを語ろう。」
「まやかしの言葉は、芽の出ないタネだ。
私は、タネをまこう。
緑の芽吹く種を育てるように、ドコノモリで本当のことばを育てよう・・・」

クマオは、ドコノモリの仲間たちのきれいな調べと歌を聴いて思ったのでした。

つづく
第13回 2014.1.4


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「古いお池のゴボゴボさん」

ドコノモリ
仄暗い森の中を歩いて行く途中に、ポツン、ポツンとウバユリが立っていました。
ウバユリの花は、茎にほぼ直角に突き刺さっているような姿をしています。
「浮き山さんの登り口はあちら」
「古いお池はこちら」
「冷たい流れの湖はそちら」という具合に、花がてんでんばらばらにそしてまっすぐに行く先を指していました。

その花の指す方へ行くと、またウバユリの花が立っていて、またてんでんばらばらに行く先を指しているのです。
ウバユリの指す方向は、当てには出来ません。

ミッケくんは、もっと別な、そして確かな目印を捜しながら先へと進みました。
その後ろを、クマオが注意深く、まわりを確かめながら歩きました。
森は、さらにさらにうす暗くなり、仙人草が木に絡みついてぼんやりとした白い花を咲かせていました。

ミッケくんとクマオは、「古いお池のゴボゴボさん」に会いに行くのです。

「ゴボゴボさーん!」とミッケくんは叫びました。
静かだった池の表面に水紋が現れ、ゴボゴボッと泡が吹き出しました。

「やあ。ミッケ。よく来てくれた。」
「今日は何の話しを聞きたいのかい?」

「ボクじゃなくて、新しい仲間クマオさんに話してあげてください。」
「クマオさんは、ドコノモリ巡りをしているところなんです。」

クマオは、ゴボゴボ音を立てる水面に向かって、ちょっと戸惑いながら呼びかけました。
「こんにちわ、はじめまして。クマオと申します。」
「沢山のおはなしを聞かせてくださるそうですね。」
ドコノモリ

「わしのはなしは、いろいろ。泡のように生まれてパチッと消えて、二度と聞けない話もあれば、古い池の底にしまってある美しい石ころの数々が、ゆらりゆらりと転がって歌いだすのは、大切な話。」
「クマオは、どちらの話しを聞きたいか?」

「私は、あなたの底にしまってある美しい石ころのはなしを聞きたいです。どうぞ聞かせてください。」

ゴボゴボさんは、しばらく黙っていましたが、やがてしゃべり始めました。
「クマオよクマオ、よくお聞き、美しい石ころのはなしを。昔々、その昔、ある国で起こったはなしを。」

・・・その国は、時々現れる恐怖のお金の大魔王に悩まされていた。
大魔王がやって来る度に、人々は、日々の平安な暮らしがかき乱され、心にトゲが刺さったように、チクチクと苛立つのだった。

さてある日のこと、またもや恐怖のお金の大魔王が、人々の上空に現れた。
巨大な翼に大きな口、笑うと槍のようにとがった歯がぞろりと見えた。
恐怖のお金の大魔王は、上空に止まったまま、下から見上げている人々をねめつけるように見回した。
そして、悠々とおしっことうんこをしはじめた。

おしっことうんこは金貨になり、ザラザラと雨のように落ちた。
人々は狂喜して、その大魔王の落し物を拾い始めた。
沢山の沢山の金貨・・・。
皆、我先にと、夢中になってかき集める。

その時、金貨を集める人の群れから離れていた、詩人と絵描きと音楽家は、長く垂れた恐怖のお金の大魔王のしっぽをつかまえた!
「おーい!今だ!大魔王をやっつける時だ!皆、手を貸してくれ!」
詩人と絵描きと音楽家は、大声で皆に加勢を頼んだ。

しかし、あまりにも大量の金貨を目にした人々には、その声は届かなかった。
心は、金貨に奪われてしまっていたのだ。
詩人と絵描きと音楽家は、だんだん手が痺れて来た。

ひとり、金貨集めをせずに石に腰かけて大魔王を見上げていた靴屋は、ひと言「ムダじゃ」とつぶやいた。
とうとう、詩人と絵描きと音楽家は、疲れ切って大魔王のしっぽを放してしまった。

恐怖のお金の大魔王は、悠然と翼を揺らし飛び去って行ってしまった。
後に残った人々は、もう落ちて来ない金貨にがっかりし、隣りで口を開けて上を見ている人の袋と自分の袋を見比べて、やおら隣りの人の袋を奪った。

金貨を奪った人と奪われた人との争いがあちこちで起き、その争いはどんどん激しくなって行った。
血が流れ、誰もが正気を失っていた。

そばで見ていた詩人、絵描き、音楽家には、もう止めることの出来ない姿だった。
三人はため息をついて、その場から離れて行った。

靴屋も、「ムダじゃ」とつぶやいて離れて行った。
そのあとを子どもたちが続いて行った。
そして、誰も帰って来なかった。その国も、間もなく滅びてしまった。

これは大事な大事なおはなし。よーく覚えておきなさい。
・・・

「何か、身につまされるはなしです。その・・・、詩人と絵描きと音楽家は、どこへ行ってしまったのでしょうか。子どもたちも、どこへ?」と、クマオは尋ねました。
「さあ、それは・・・、誰も行く先を知らないのだよ。」ゴボゴボさんは、泡の中で答えました。
「それから・・・、靴屋ですが、どうして詩人と絵描きと音楽家を手伝わなかったのでしょう。」
クマオは、池に身を乗り出して来ました。
「クマオよ。お前にはきっとわかる。わかる時がやがて来る。ゆっくり考えなさい。きょうはこれでおしまい。この次は、美しい石ころが歌をきかせてくれるだろうから。」
そう言って、ゴボゴボさんは池の底に帰って行きました。

帰り道、クマオは考えごとに熱中しながら歩いていましたが、時々木の根っこに足を取られてよろめいたり、垂れ下がっている枝にしたたか顔を叩かれてしまいました。
「あー、これはいけない!ここは、森の中なのだ。ぼんやりしていては歩けない道を、私は歩いている!」

ミッケくんはそんなクマオをちょっと見て、「休みましょう。」と言いました。
二人は、倒木の上に腰を下ろしました。

「靴屋が、『ムダじゃ。』と言ったのは、大魔王をやっつけるのがムダと言ったのではないと思う。お金を拾うのがムダと言っているのだろう・・・。靴屋は、お金など必要と思っていないようだ・・・。」クマオは、ひとりごとのように言いました。

そして、ミッケくんの足もとを見たクマオは、はっとして尋ねました。
「ミッケくん、この森に靴屋はいますか?」

ミッケくんは「いますよ。おはなしに出て来た靴屋と同じ人かどうか分からないけれど、靴屋のおじいさんが住んでます。」

クマオは、びっくりしました。

「靴屋のおじいさんは、ボクやチコちゃんの靴を直してくれます。そして、いつも言うんです。『人の一生に履く靴は、2、3足もあればそれで十分。直して、直して、履けばいい。』と。『木靴は木を材料に、革靴は革を材料に使っている。どの材料も、元はイノチが通ったもの。粗末にしてはいかん。』と。『金を沢山欲しいと思うのは何故だ?自分が持っていないものを欲しいからか?だが、自分の持っていないものを手に入れても、それはやはり元々自分の持っていなかったものでしかないぞ。おまえのものではないのだぞ。カン違いするな。それはムダじゃ。』って言ってます。」

「そうか!そうだったのか!」クマオは何べんも頷きました。
そして、ふと何か気付いたようにミッケくんを見ました。
「この森に音楽家と絵描きはいますか?」

ミッケくんは、にやりと笑いました。
「音楽家と言っていいのかなぁ。ドコノモリには、楽団員がいます。ボクとグウヨとプーニャとタバールとうっとりさんがいます。それから黒つぐみも、きれいな声で歌いますよ。絵描きは・・・、じきに会えます。彫刻家もいます。会いに行きましょう。」

クマオは、愉快そうに笑いました。
そしてまた、「そうか、そうか!」と言って、ミッケくんの肩をポンポンとたたきました。
「この森に、全員集まっているんだね。」
「会いに行こう!」

クマオとミッケくんは立ち上がって歩き出しました。

つづく
 第12回 2013.10.25


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詩人

ドコノモリ
ミッケくんは、木の洞のおうちに住んでいます。

晴れた日には、朝早くから小鳥たちが、「ミッケくん、おはよう、おはよう」とおうちの周りでさえずります。
木の洞の大きな窓からは、真っ青な空が見えます。

ミッケくんは、元気に飛び起きました。
浮き山さんが戦いの止まない国から引っ越してずい分長い時間が過ぎました。

ミッケくんは、森のはずれ森の入り口まで何度も行って、誰かいないかなと捜してみましたが見つかりませんでした。
プーニャは、ドコノモリの一番高い木に上って、そこから上はふわりと浮かんで、周りを見てみました。

すると、海原が地平線の向こう側までずっと広がっているのが分かりました。
誰もいない、入ってこない・・・。
ミッケくんは、ちょっとがっかりしています。

実は、あの霧が深かった日、浮き山さんがドコノモリの子どもたちを眠らせて出発した日、森のはずれで見た丈の長い編み上げ靴の人のことを思いだしていたのです。

ミッケくんは、小川に行って顔を洗いました。
心の中の霧がさっと消えるような冷たい水でした。
それから・・・、ごはんをたべないで、小川のほとりをぶらぶら歩くことにしました。
今の時期は、グミやすぐり、木苺などがいっぱいなっているので、それを食べようと思ったのです。

小川のそばを歩いていると、川の涼やかな声がいっぱい聞こえます。
勢いよく流れていく時はちよっと甲高くて、暗いよどんだ場所に来るとひそひそ声が、途切れ途切れに聞こえます。
「川ガラスはごはん食べてるかな・・・?」ふとミッケくんは思いました。
そう・・・、あのカワガラスのことです。

ミッケくんが初めてカワガラスに会った時のこと。
そりゃあもう、腰が抜けそうになるほどびっくりしたものです。
だって、ミッケくんが川の中に入って川底をのぞいてみたら、鳥が歩いていたのですから。
水の中を歩く鳥ですよ!

「ひぇーっ!こんなことってあるかよーっ!」と、思わず叫んでしまったのでした。
そしたら、カワガラスがぷわっと水面に顔を出して、笑ったのです。
「子ども!子ども!知らないこといっぱい!カカカカカー・・・」って。

ミッケくんとカワガラスは、しばらくの間お互いをじろり、ギロリと見ていました。
それから・・・、何ということもなくおしゃべりして、友だちになったのです。
言いたい放題言うのも、友だちですからね。

そのカワガラスに、また会いたいなぁ!と、ミッケくんは水際まで降りて行って見たのです。
川の流れて行く音が大きく聞こえて来ました。
段差のあるところから水が勢いよく落ちて流れて行きます。
カエデの実が、クルクルと回りながら水に落ちて、あっと言う間に流れて行ってしまいました。

ミッケくんが川の中に入った時、流れの中にある大岩の上に、何かがじっと座ってこちらを見ているのに気がつきました。
ミッケくんはびっくりして、流れの中で立ち止まりました。

大岩の上に座っていたのは人間でした。
ぼうぼう頭の痩せた男の人でした。
男の人は、しばらく何も言いませんでした。

でも、まっすぐにミッケくんを見つめていた眼が、やがて嬉しそうに輝いたのです。
「やあ、こんにちわ。こんな森深いところで小さい人に会うなんて、私はとっても嬉しいよ。」
そう言って、男の人は立ち上がりました。

思っていたより背の高い人でした。
そして、傍らに置いてあった丈の長い編み上げ靴を持って、ミッケくんに近づいて来ました。

ミッケくんは、ドキドキしました。
男の人はにっこり笑って手をさし出すと、「はじめまして。私は、クマオと言います。」
ミッケくんも「ボク、ミッケです。」と言って、手をさし出しました。
「ミッケくん、どうぞよろしく。」
そして二人は握手したのでした。

クマオが言いました。
「ミッケくん、私の話しを聞いてくれないか?」
ミッケくんは、黙って頷きました。

「私はね、歩くのが好きなもので、毎日歩いていたのだが・・・・。いつの頃からか、道を誰も歩いていないことに気がついたのだよ。」
「私の国の道は、今では自動車のためにあるのだと気が付いた!」
「沢山の自動車が走っている道。沢山の兵隊を乗せて、武器を乗せて、武器を造る材料を乗せて、自動車が走り回っている道ばかり・・・。」
「道の端を歩いている人は、もう誰もいない。私一人しかいないのではないかと思い、ぞっとしてしまった。」

「私は詩人だ。詩人の務めを、私は果たして来た。けれど、心を込めて詩を作れば作るほど、私の仕事の報酬は減って行ったのだよ。」
「そして食べるものを買うお金もなくなってしまってね。身体は弱るばかりだった。これは、先細りの道だ。」
「私は、町の中をさまよった。もう町の中に仕事があるはずもなく、私は山道がたまらなく恋しくなった。」
「おなかがへっていたけれど、私は町をはなれて歩き出したのだ。」

「どのくらい歩いたのか、どうやってあの茨の前にたどりついたのか、何も覚えていない。」
「茨の向こうにある世界へ、私は行ってみたかった。」
「けれど、もう疲れてしまって、茨を押しのける力は残っていなかった!」
「私はすっかり元気をなくして、引き返したのだ。」
「そして転んで、起き上がれなくなって、そのまま眠ってしまった。」
「その時に、声を聞いたのだよ。『私の近くへおいで・・・』と。」

「そして、私はここへやって来た。」
「・・・ここは、不思議な所だ。」
「教えておくれ。この森のことを。」

ミッケくんは、ドコノモリのことをクマオに話しました。
ドコノモリは、浮き山さんの裾のに広がっている森で、浮き山さんが引っ越す時はいつも一緒に移動していること。
浮き山さんは、引っ越すたびに新しい仲間を招き入れていること。
ドコノモリの中には、子育ての樹のお母さんとヤーヤのような不思議な生き物や、「いのちのわく所」などの場所がいくつもあることを話しました。

クマオは、ミッケくんの話しを聞きながら驚いたり考え込んだりしていました。
「本当に、本当に、何て言ったら良いのか・・・。」
「この眼で、この森の奥深さと真実を見たいものだ!」

そこでミッケくんは、クマオを案内してドコノモリ巡りをすることにしました。

つづく
第11回 2013.09.25