ドコノモリ

うきやま山のすそ野にて


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楽の音

楽の音

月の光が洸々とドコノ森を照らしていました。
男の子がひとりバイオリンを弾いています。
いえ、弾いているつもりなのです。体を揺らし
弓と共に腕は気持ち良さそうに
大きく弦の上をすべっていきますが耳をすましても音は聴こえません。

男の子の前に うさぎが一匹
長い耳をぴんとたてて楽の音を聴いています。
聴こえてこない楽の音を
ウサギは赤い眼を閉じて
聴こうとしています。

月の光は洸々と真昼のように
男の子とウサギを照らしています。
やがて男の子は弓を下ろしました。

「ぼくね、今、大好きな曲を弾いたの。」
「気に入った?」
男の子は尋ねました。

ウサギは閉じていた赤い眼をあけました。

「私の中でも 笛が歌っていたの。
バイオリンに合わせて・・・
すてきだったわ。」

ウサギの長い耳が
たった今終わったばかりの楽の音を

思い出して
草のようになびきました。

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3人の娘

散歩

気持ちの良い春の陽ざしがドコノ森の樹の下陰までさしこむようになりました。
沢の水音に誘われて歩いていくと3人の娘に出会いました。よほど静かな足どりだったのか、何の気配も感じずにいたのでちょっとびっくりして、

思わず「どなた?」と声をかけると

「私は、私は、私は・・・」と3人一緒に応えてくれるのです。
「困ったわ。聴きとれないの。」
「おねがい。もう一度」と頼むと3人の娘は互いに顔を見合わせて

おかしそうに目配せするとゆっくりと話してくれました。

「私は昔」
「私は今」
「私は未来」
やはり一度に応えます。

でもそれぞれの声が今度は別々のトーンで聞き分けることができました。
美しい調和のとれた声でした。

ああそれにしてもこの娘たちの

さざめくような声の調子は懐かしさを抱かせます。

「ひょっとして、前にお会いしませんでしたか?」
私が尋ねると3人の娘たちはやはり互いに顔を見合わせ

しずかに笑うばかりです。

やがて春の陽ざしを浴びた姿は大きなブナの樹の中へと消えていきました。

「私は昔。私は今。私は未来。すべてが私」
「私の中にすべての私がいる」

娘たちの声とブナの樹の声が重なりました。

「あなたも同じ」
「あなたの中に昔と今と未来が生きている」
「3人のあなたよそろって歌いなさい」

「3人のあなたの血はつながっているのです。ひとつになって生きなさい。わたしと同じように。」

私の眼の前の大きなブナはにっこりと新緑の葉を揺らしました。